カメラの前で輝く笑顔の向こう側で、何かが揺れている。
10代でモデル事務所の門を叩く少女たちの表情を見つめ続けてきた私は、そんな直感を抱くことが多くなった。
SNSが当たり前の世代として育った彼女たちにとって、「映える」ことは日常の一部だ。
しかし、プロのモデルとして歩み始めた瞬間から、その「映え」が重い意味を持ち始める。
Contents
「映える」世界の現実
私が『an・an』編集部で働いていた1990年代、モデルたちの悩みは主に仕事の獲得や技術的な課題が中心だった。
ところが現在、10代のモデルたちが抱える悩みの質は明らかに変化している。
彼女たちが直面している課題の特徴:
- SNSでの自己表現への強いプレッシャー
- 常時監視される感覚への疲労
- リアルな自分とキャラクターとしての自分の境界線の曖昧さ
- 同世代からの評価と大人の世界からの評価の違い
モデル事務所「フレーム」の新人モデルを取材したとき、私は初めてこの変化の深刻さを実感した。
カメラが回っていない時間に見せる、ふとした表情の陰り。
それは単なる疲れではなく、もっと根深い何かを物語っていた。
モデル事務所という舞台
夢を追う少女たちの入り口
現在の日本には、大手から特化型まで多様なモデル事務所が存在する[1]。
10代でこの世界に足を踏み入れる少女たちの多くは、雑誌で見た憧れのモデルの姿に自分を重ね合わせている。
しかし、実際のスカウトから契約までのプロセスは、彼女たちが想像するよりもはるかに複雑だ。
スカウトを受けた17歳の美咲さん(仮名)は、初回面談でこう語った。
「インスタで『可愛い』って言われることと、お仕事として評価されることって、全然違うんですね」
その言葉には、SNS時代の若者特有の混乱が滲んでいた。
エージェンシーの役割と影響力
一般社団法人日本モデルエージェンシー協会(JMAA)による業界の健全化への取り組みにより、現在のモデル事務所は以前よりも透明性の高い運営を心がけている[1]。
現代のモデル事務所が担う役割:
- 技術指導とキャリア開発
- メンタル面でのサポート
- SNS運用に関するアドバイス
- 契約や権利に関する保護
しかし、これらのサポート体制が整っていても、10代の心の揺らぎを完全に受け止めることは容易ではない。
事務所のマネージャーたちも、SNS時代特有の課題に対応するための新しいアプローチを模索し続けているのが現状だ。
「映える」ことの代償
SNSと「自己ブランディング」の重圧
10代の約98%がSNSを利用し、そのうち4割超が「SNSのほうが自分らしくいられる」と回答している調査結果がある[2]。
この数字は、若い世代にとってSNSがいかに重要な自己表現の場となっているかを物語っている。
モデルを目指す10代にとって、Instagram やTikTokは単なるコミュニケーションツールではない。
それは自分という「商品」をアピールする重要なプラットフォームであり、同時に常に評価に晒される場でもある。
19歳のモデル、花音さん(仮名)は、私のインタビューでこう打ち明けた。
「写真を投稿する前に、何十回も角度を変えて撮り直します。でも、いくら『映え』ても、それが本当の私なのかわからなくなることがあるんです」
外見への評価と内面の乖離
モデルという職業の性質上、外見への評価は避けられない。
しかし、思春期にある10代にとって、この評価のされ方は複雑な影響を与える。
心理学者のジェームズ・マルシアが提唱したアイデンティティ形成の4段階(拡散→モラトリアム→早期完了→達成)を考えると、10代のモデルたちは特に「早期完了」のリスクを抱えている[3]。
10代モデルが陥りやすい心理的パターン:
- 外見への過度な依存による自己価値の歪み
- 他者からの評価を基準とした自己認識の形成
- 内面的な成長機会の制限
- 同世代との感覚的な乖離
これらの課題は、モデル業界だけでなく、SNS時代を生きるすべての若者に共通する問題でもある。
他者視線の中で育まれる自己像
「外見の”映え”と内面の”痛み”は、いつだって隣り合わせ」
これは私が長年の取材を通して実感してきた真実だ。
10代のモデルたちは、プロの撮影現場で大人たちの視線を浴び、SNSでは同世代からの評価を受ける。
この二重の視線の中で、彼女たちは自分なりの自己像を構築しようと必死に努力している。
しかし、その過程で生じる混乱や苦悩は、なかなか表面化しない。
職業柄、常に「輝いている」自分を演出する必要があるからだ。
揺れる10代の自己認識
思春期のアイデンティティ形成
思春期は、親や友達と異なる自分独自の内面の世界があることに気づき始める時期だ。
自意識と客観的事実との違いに悩み、様々な葛藤の中で自らの生き方を模索する[3]。
モデルという職業に就いた10代は、この普遍的な成長過程に加えて、職業特有の課題に直面する。
16歳でスカウトされた麻衣さん(仮名)は、初めての撮影後にこう語った。
「カメラマンさんに『自然な笑顔で』って言われても、自然な笑顔ってどんなのかわからなくなっちゃって。普段の私って、どんな顔をしているんだろうって」
この言葉は、職業としてのモデル活動が、自然な自己表現にどのような影響を与えるかを端的に表している。
家庭・学校・仕事の間で揺れる心
10代のモデルたちは、複数の異なる環境で異なる役割を求められる。
家庭では「普通の娘」として、学校では「同級生」として、そして仕事では「プロのモデル」として。
彼女たちが日常的に切り替える必要がある役割:
- 家族との関係における「素の自分」
- 学校生活での「同世代としての自分」
- 撮影現場での「プロフェッショナルな自分」
- SNS上での「魅力的なキャラクターとしての自分」
この多重な役割の切り替えは、アイデンティティが形成途中の10代にとって大きな負担となることがある。
特に、仕事での成功が学校生活での孤立感を生むケースや、逆に学校での普通の生活が仕事への集中を阻害するケースも少なくない。
「なりたい自分」と「求められる自分」のギャップ
モデル業界では、しばしば特定のイメージやキャラクターが求められる。
しかし、10代の少女たちにとって、その「求められる自分」が必ずしも「なりたい自分」と一致するとは限らない。
私が取材した中で最も印象的だったのは、18歳のりなさん(仮名)の言葉だった。
「清楚系って言われることが多いんですけど、本当はもっとカッコいい感じになりたいんです。でも、お仕事をもらうためには、求められるイメージに合わせないといけないのかなって」
この葛藤は、単なるイメージの問題を超えて、自己決定権や自己表現の自由という、より深刻な課題を提起している。
モデルたちの声:語られなかった物語
インタビューから浮かび上がる本音
私は取材において、沈黙すら受け入れる姿勢を大切にしている。
10代のモデルたちとの対話では、言葉にならない部分にこそ、彼女たちの真の想いが潜んでいることが多いからだ。
ある新人モデルとの3時間に及ぶインタビューでは、最初の2時間はほとんど定型的な回答しか得られなかった。
しかし、最後の1時間で、彼女は突然涙を流しながらこう語り始めた。
「みんな、私のことを羨ましがるんです。でも、毎日鏡を見るたびに、これが本当の私なのか、作られた私なのかわからなくなるんです」
沈黙が語る痛みと希望
インタビューにおける沈黙には、様々な意味が込められている。
10代モデルたちの沈黙が示すもの:
- 言語化できない複雑な感情
- 大人に理解されることへの諦め
- 批判されることへの恐れ
- 自分自身への問いかけの時間
これらの沈黙を尊重し、急かすことなく待つことで、やがて彼女たちは自分なりの言葉を見つけていく。
その過程を見守ることもまた、取材者としての重要な役割だと考えている。
あるモデルの成長記録
美月さん(仮名、当時15歳)を初めて取材したのは、彼女がスカウトされて3ヶ月後のことだった。
最初のインタビューでは、「モデルになって有名になりたい」という典型的な憧れを語っていた。
しかし、1年後の再取材では、彼女の口から出てきたのは全く異なる言葉だった。
「モデルの仕事を通して、自分がどんな表現をしたいのかがわかってきました。有名になることよりも、見てくれる人に何かを伝えられる人になりたいです」
この変化は、単なる成長というより、深い自己探求の結果だった。
彼女は仕事を通して、表面的な「映え」を超えた自己表現の可能性を発見していたのだ。
美月さんが特に印象的だったのは、様々な撮影スタジオを大阪で経験することで、自分に合った表現スタイルを見つけていったことだった。
料金重視のスタジオからプロ仕様の本格的な環境まで、多様な撮影現場での経験が、彼女の表現の幅を広げていた。
エージェンシーの変化と可能性
マネジメントの質と心のケア
現在のモデル事務所は、従来の技術指導やキャリア開発に加えて、メンタル面でのサポートの重要性を認識し始めている。
特に10代のモデルに対しては、心理的なケアが不可欠だという認識が広がっている。
先進的な事務所が導入している支援策:
- 定期的な心理カウンセリングの提供
- SNS運用に関する健全な指導
- 学業との両立をサポートする制度
- 保護者とのコミュニケーション強化
しかし、これらの取り組みはまだ一部の事務所に留まっており、業界全体での標準化が課題となっている。
多様な美と自己表現をどう支えるか
近年、「映える」だけでないモデルへの需要が高まっている。
従来の画一的な美の基準から脱却し、多様性や個性を重視する傾向が強まっているのだ。
この変化は、10代のモデルたちにとって新たな可能性を開いている。
「完璧な容姿」よりも「独自の魅力」が評価される時代において、彼女たちは自分らしさを活かした表現を探求できるようになった。
ある事務所のディレクターは、こう語っている。
「今の時代に求められるのは、技術的な完璧さよりも、その人にしか表現できない何かです。10代の子たちには、まず自分らしさを見つけることから始めてもらっています」
未来のモデル業界に必要なまなざし
モデル業界の未来を考えるとき、最も重要なのは「人を見るまなざし」の質だと私は考えている。
表面的な美しさや商業的な価値だけでなく、一人ひとりの人間としての尊厳と可能性を見つめる視点が必要だ。
業界に求められる意識変革:
- 短期的な商業的成功よりも長期的な人間的成長を重視
- 多様な美の価値観を受け入れる包容力
- 10代の心理的発達に配慮したマネジメント
- 社会に対する責任感の醸成
10代のモデルたちは、単なる「商品」ではない。
彼女たちは成長途中の人間であり、未来への無限の可能性を秘めた存在だ。
業界全体がこの認識を共有することで、より健全で持続可能なモデル業界を築くことができるはずだ。
まとめ
私が長年にわたってモデル業界を見つめ続けてきた中で、最も強く感じるのは、「映える」ことの向こう側にある、一人ひとりの人間的な物語の豊かさだ。
10代でモデルの世界に足を踏み入れる少女たちは、確かに美しい。
しかし、その美しさは表面的なものではなく、彼女たちが抱える悩みや葛藤、そして成長への意志を含めた、総合的な人間としての魅力なのだ。
私たちが忘れてはならないポイント:
- 10代の自己認識の揺らぎは成長の証である
- 「映える」ことと「ありのままでいる」ことは対立するものではない
- 大人たちには若者の成長を支える責任がある
- 多様な美の価値観を育むことが社会全体の豊かさにつながる
現在、SNS時代を生きる10代のモデルたちは、これまでにない複雑な課題に直面している。
しかし同時に、彼女たちは新しい表現の可能性を切り拓く先駆者でもある。
私たち大人には、彼女たちの挑戦を支え、時には失敗を許し、常に人間としての成長を最優先に考える姿勢が求められている。
最後に、読者の皆様にひとつの問いを託したい。
私たちは、何を「美しい」と見ているのだろうか。
それは表面的な「映え」なのか、それとも、一人の人間が自分らしく生きようとする姿の美しさなのか。
この問いに向き合うことが、モデル業界だけでなく、私たちの社会全体をより良い方向に導く鍵となるはずだ。
参考文献
[1] 一般社団法人日本モデルエージェンシー協会[2] NTTドコモ モバイル社会研究所「10代のSNS利用に関する調査」
[3] 日本発達心理学会「青年期におけるアイデンティティ形成」
最終更新日 2025年6月25日 by agimem